ユユユユユ

webエンジニアです

本棚

オルハン・パムク『雪』

オルハン・パムクの『雪』を読んでいました。藤原書店から出た、2006年の訳です。 世俗とイスラームの葛藤。西欧への憧れ、また憧れることの恥。信仰と自殺のジレンマ。軍人と学生。新聞記者、市長選挙、詩人。政治や名声への失望。恋だけを本当の気持ちとし…

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』

國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』を読んだ。 なんとなくつまらない。やりがいをかんじられない。もっとなにかに打ち込みたい。日々がより充実するように仕向けたい。そういう所在なさのことをあつかって、この本はただちにぼくの満たされなさを直撃した…

オルハン・パムク『わたしの名は紅』

オルハン・パムクの『わたしの名は紅』を読んだ。 レパントの海戦に敗れたあとのオスマン帝国。細密画師たちは、ヴェネツィアからもたらされた西洋画の技法との接近に、葛藤する。それに接近して肖像画を描くことは、偶像を描いて信仰を曇らせることであるか…

安部公房の『榎本武揚』を読んだ

安部公房の『榎本武揚』を読んだ。 いかにも伝記物のような表題があたえられていながら、その実は何重にも入れ子になった証言の織り合わせであって、およそ客観的な叙述というものは意図的に排除されている。歴史を語る言葉とは願望によってフレーミングされ…

Towards Transparent CPU Scheduling by Joseph T. Meehean

マルチプロセサのスケジューラを扱った博士論文をオンラインで読んだ。 https://research.cs.wisc.edu/adsl/Publications/meehean-thesis11.pdf OSTEP の第十章の文献リストにあったことに興味を惹かれて、序章を読んだ。全体を読むにはいたっていないが、い…

『脚本家 黒澤明』

国立映画アーカイブの特別展の展示物を、国書刊行会が書籍化して出版していることを知った。新宿の紀伊国屋でのブックフェアで見つけて、ただちに買って持ち帰りその日のうちに読んだ。 助監督業のかたわら禁欲的に脚本の執筆にいそしんだ若い時代にはじまっ…

Between the World and Me by Ta-Nehisi Coates

荻窪に住んでいたとき、ある日曜日にひさしぶりに書店にいく時間ができて、そこでみつけて買ったのだとおもう。あまり読めずに実家の書架に挿していたものを、年末年始の休暇に読んだ。 アメリカ合衆国の住人が、黒人差別を嘆いたり、そんなものは存在しない…

2022年はこんな本を読んだ

なにかを思い出したかのように唐突に、英語で人文書を読みだしたのはいいことだった。とりわけ Light in August をじっくり読み返せたのはよかったなあ。 Modernism: A very short introduction - ユユユユユ Mrs. Dalloway by Virginia Woolf - ユユユユユ The Sound …

History: A Very Short Introduction

Oxford University Press によるシリーズより、歴史学の簡明な入門書を読んだ。 「歴史とはなにか?」と問うのはなかなかやりづらい。どんな回答に納得できるのか、自分自身でもよくわかっていない。まして歴史の専門家であれば、その回答がいわばアイデンテ…

石黒正数の『外天楼』を読んだ

石黒正数の『外天楼』を読んだ。コミック好きの同僚らがこの作家に言及しているのを聞いて、短編集の装いをしているこれをひとつ読んでみることにしたのだった。 舞台背景の情報を短い挿話に書き込んで、本筋からの逸脱も群像劇にちりばめながら、最後にはひ…

駿台文庫の『新・物理入門』

ものしりの友達が教えてくれて、しばらく興味をもちながら手に入れていなかった物理の参考書を買った。 駿台文庫の『新・物理入門』は、高校物理の上級者向けの参考書とされている。しかしそれは端的に難解であるというのではなさそうにみえる。一般の教科書…

大崎清夏さんの『目をあけてごらん、離陸するから』

詩人の大崎清夏さんの新刊をジュンク堂の池袋店でみつけた。あとからみると、その日がちょうど発行日だった。万年筆のサインと「よい飛行を」というメッセージがはいってある。 文庫本よりもすこし縦長の形態をしていて、表紙を脱がすと水彩画のしたにローマ…

『東大連続講義 歴史学の思考法』を読んだ

異なる時代と地域をそれぞれ専門にする12人の歴史家の、歴史学へのイントロダクション講義を束ねた本。これを読んだ。 「思考法」とひとつの言葉で抽象化するにも多彩なもののみかたが提示されて、とうぜんこの一冊によって歴史学のすべてを飲み下すことはで…

『ドン・キホーテ』の抄訳を読んだ

セルバンテスのドン・キホーテを、岩波少年文庫の牛島信明訳による抄訳で読んだ。 風車に突撃する偽騎士の話だということが教養としてひろく行き渡っているのは言うまでもない。しかしそれにとどめておくにはあまりにもったいない。この歳まで読まずにきたこ…

太宰治の『右大臣実朝』を読んだ

鎌倉殿ブームにあやかって買ったままになっていた、岩波文庫から新しく出た太宰治の『右大臣実朝』を読んだ。 太宰といえば天衣無縫の私小説作家という先入観があったのだけれど、それはまさしく先入観だった。『右大臣実朝』は、吾妻鏡からの引用、実朝の歌…

Elixir in Action, 2nd Ed

Saša Jurić の Elixir in Action, 2nd Ed を読んだ。 https://www.manning.com/books/elixir-in-action-second-edition この本は前々からいつか読んでみようと思いながら、いやいまはもっと他にやりたいことがあるから止めておこう、と躊躇していた。そして…

小野絵里華『エリカについて』

新宿紀伊國屋書店をふらっとおとずれたら、一階と二階のフロアが大きく改装されて公開されていた。そういえばしばらくのあいだ二階の文芸コーナーがアクセス不能になっていて、眺めたい棚がどこにいってしまったのかわからなくなっていた。昔ほどにしょっち…

Light in August by William Faulkner

肌の白い男。彼が容疑を受ける殺人、放火、逃走。生まれたときから黒人の血が流れていると疑われて、自分が白いか黒いかも、なんのために生まれてどこに向かっているのかもわからずに、数少ない知己とのすれ違いから破滅のほうに押し出されていく。 身重の若…

The Sound and the Fury by William Faulkner

いちど通読したとおもわれる痕跡が残っていた。難しい単語にマーカーで下線が引かれているのである。 学生のころに購入して、夏休みかなにかの折に第一部を読んだのは覚えている。そこで挫折した記憶があった。コロナに罹って寝込んでいるほかなにもすること…

Mrs. Dalloway by Virginia Woolf

紀伊国屋の新宿南店にてペンギン・クラシックス版を買った。おもしろく読んだ。ウルフを読むのははじめて。詩的なレトリックが頻出する文章を原書で読むことができるのは幸運であった。 たぶん和訳で読んでいたら途中で飽きてしまっていたんじゃないかとおも…

川端康成『古都』

川端康成が読みたいというよりは、京都の話を日本語で読みたいという気分があった。『古都』という作品があると聞き知って、それが新潮文庫から新装版で出始めているということも気に留めていた。その新しい版が区立図書館にあるのを偶然にみつけて借りてき…

Modernism: A very short introduction

芸術思潮としてのモダニズムというのにふと新しく興味がわいて、新宿南口の紀伊国屋の、洋書のフロアを久しぶりに訪れてこの本を見繕った。大学でロマン主義の講義をとったときに、これと同じシリーズの本をテキストに使って、英語のレポートはこういう文体…

ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』

名誉が重んじられていた時代の小さな共同体で、「おれはあいつを殺す」というぐあいに、殺人が予告される。あるものはそれを酔っ払いの大言壮語とおもい、あるものは本気でそれを防ごうと奔走する。それを止めるチャンスは無数にあったはずながら、ボタンの…

温又柔『魯肉飯のさえずり』

新しい小説を読むのはずいぶん久しぶりになる。読みだした最初の10ページほどはなかなかこちらのエンジンがかからずにいた。若い主婦がキッチンに立って独白するという、うまく自分にひきつけてもぐりこめない舞台から話がはじまるので、たしょうの戸惑いは…

坂口恭平の『よみぐすり』

ツイッターで発された「いい言葉」の抜粋を相田みつをの名言集よろしくパッケージしたような本、という印象が最初にあった。元気の出ることは書いてありそうだけど、1ページに140文字くらいという濃度の本で、しかも同じものをネットで無料で読めるんでしょ…

丸山圭三郎『ソシュールを読む』

1-8章では『一般言語学講義』の概要を解説する講義が語られて、9-10章で丸山先生のソシュールに依拠した文化論が語られる。 https://www.amazon.co.jp/dp/4062921200 チョムスキーは知っているけど、ソシュールは大学の講義で聞き知っているくらいで、ちゃん…

『言語が消滅する前に』

でも、文法には説明の気持ちよさがあるんだよ。特に関係がないと思われていた複数の事柄とか、例外に思えていたものが統一的に説明される気持ちよさ。1 数式を美しいというのと同じように、文法は美しい。ごく少ない文法規則、例えば英語であればたかだた5つ…

手を動かして学ぶ 線形代数

マセマの線形代数を終わらせたので、次にやろうとおもっていた参考書を準備した。裳華房の『手を動かして学ぶ 線形代数』である。 8つからなる章立てはいずれも既習の範囲になる。行列の定義からはじまり、対称行列の対角化にいたる。各章は3つの小見出しに…

マセマの線形代数キャンパス

同じタイトルの記事を一ヶ月前に書いた。これをきちんと終わらせることができた。 https://jnsato.hateblo.jp/entry/2022/02/07/230000 二次と三次のベクトルを図示しながら自然な形で概念を示してくれる。より高い次元への一般化は、それが可能であることだ…

孤愁

漱石の『硝子戸の中』を読んだ。ひとりで物思いに耽る、そういう意味の孤愁という単語は、石原千秋の解説文に教えられた。新潮文庫版である。 晩年の漱石が、広くはないが狭くもない部屋の中で、豊かではないが貧しくもない生活をしている。若い日の記憶のな…