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ベートーヴェン 交響曲第九番

池袋の東京芸術劇場で、日本フィルの第九を観た。

これほど立派なコンサートホールには行ったことがなかった。フルオーケストラの交響曲を生で聴くのは大学のオーケストラ部の定期演奏会以来で、プロのものもはじめてになる。

巨大な神棚のようなパイプオルガンが正面で客席を見下ろしていて、これが鳴らすバッハの三曲がまずはじめにあった。いったいどんな原理で音が出るのかもなにもわからないが、甘さと鋭さを持った粒が折り重なって厚い和音を作ったかと思えば、次の瞬間には水を打ったような静寂がやってくる、という往来がよかった。無心になって聴いた。

  • In dulci jubilio, BMV 729
    1. Sonatina from Cantata "Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit", BMV 106
  • Toccata and Fugue in d-minor, BMV 565

第九は、小林研一郎の指揮になる。第1楽章冒頭の乾いたドローンからすでに荘厳を感じていた。キメのフレーズが訪れるたびにウンウンと首を振って楽しんだ。

演奏会のためにいくつかの異なる演奏を聴いて、加えて放送大学西洋音楽史の講義も聞いて、この交響曲がどのような音楽的構造を持っていて、どのような歴史的経緯において受け止められてきたのかも素人ながらに勉強していた。知れば知るほどに、どのような説明を与えても拒まれてしまうような気にさせられる。

歓喜の歌に明白な高揚感を与えられたかと思えば、次の瞬間にはスイングまがいの行進曲になり、オッと思った隙にこんどは静謐なミサ曲のような顔をみせる。で、なんだかんだで最後にはドタドタしたお祭りムードの中で大団円となる。どうしてこんなことになり、しかもそれでいてすべてが最高なのか。明らかに言葉を超えた事態が起こっていて、そしてそれこそが音楽の醍醐味と言うよりない。終わってしまったのが悲しく、帰り途では「ベートーヴェンロス」とか「歓喜、そして、死」とか言って、高揚のあとの空虚を確かめた。

フルート、ホルン、ティンパニの存在感を味わえたのはよかった。対して、ビオラオーボエクラリネットあたりはまだ耳が発達していないのか、うまく味わうことができなかった。

なにせ初めてのフルオーケストラであったから、これから聴いていくだろう演奏の基準点にこれがなるのだろうなと感じている。今日の演奏会に比べて、どこがよかった、どこがよくなかった、というような自分の好みをこれから見つけていけるのを楽しみにしている。